電波少年Tプロデューサーに自由な発想ができる理由や、テレビ業界の未来について聞いてみた!

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前回、電波少年が生まれるキッカケ等をお伺いしたTプロデューサーこと土屋敏男さん。自由な発想ができるからこそ、今までにない番組を作ることが可能になると思うのですが、ではいかにして自由な発想ができるようになるのか。決して簡単な道ではないことが分かります。そして、好きについての土屋さんの考え方や日本のテレビの可能性等々。興味を惹かれる話が満載です。ぜひご一読ください!

前回のサシモニはこちらです。

電波少年Tプロデューサーに新人時代の赤裸々話からヒット企画を生み出す秘訣を聞いてみた!

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予測できない変化を起こす

――それにしても土屋さんって色々と面白いことを仕掛けてきていると思うのですが、どういった点にフォーカスしているのでしょうか。

みんながうっすらと気づいていたり、誰も見つけてないこと。やり方を変えてやってみたら面白い、楽しいと思えることをやっているかな。

――そのイメージで作られた番組でどんなものがあるのでしょうか。

2001年の大晦日のカウントダウンの番組で2分間あえて間違えたんだよね。ハッピーニューイヤーが間違えていたら面白いじゃんと思って。23時58分にハッピーニューイヤーとやっちゃうの。世紀またぎのタイミングでやったら面白いでしょ。何か大きな問題が起きるか考えたけど、テレビの中の時間が間違えることは、実生活にそこまで害がないと結論づけてね。

――それ凄い企画ですね。新年を迎える瞬間を間違えることを、社内の人は承認してくれたのですか。

会社に相談したらやめとけと言われると思ったから、言わずにやったよ。やったときに起きる問題については考えるけど、大丈夫だろうなと。

――そういったサプライズ的なことをやるのが好きなんですね(笑)

昨日たまたまCSで猿岩石のゴールを見たけど、あのときもユーラシア大陸横断の感動で終わらせずに、「南北アメリカ縦断に行かないか。」とオファーしたんだよね。抗議電話が1,000本くらいかかってきたけど。

――それなんとなく覚えています!メチャクチャするなって記憶がありますもん。

視聴者の人達が初めての企画で段々面白くなってきて、応援する気持ちが盛り上がって、感動したがっているのが分かるんだよね。ゴールの1ヶ月前くらいになると。みんなが感動したがっていると感じるほどに、感動で終わらせてたまるかと思ってしまう。

――それもまた独特の感覚ですね。視聴者に対しても予定調和を許さないと。

みんなが同じ方向を向くのが怖いなと思うね。みんなが同じ方向を向くことに対して疑いたいし、みんながそうだと思っていることが正解ではないだろうから。

――エンターテイナーの発想な気がしますね。面白いなぁ。

人間って「あぁ良かった。自分の思う通りだった」と思った瞬間に飽きが始まっているんだよね。想像を越えていかないといけないのがエンターテイメントの世界。いくら好きでも飽きが始まるから。変化が起きている、自分が予測できない変化が起きているかもしれないと知覚するから興味を持って見てくれる。

――そういうことなのか。深いなぁ。予測できるのであれば、わざわざ時間を使ってテレビを見る必要ないですもんね。想像を越える姿勢は心がけていきたいものです。

電波少年の後

――電波少年が終わった後はどのような仕事をされていたのでしょうか。

インターネット事業をやりましたよ。ホリエモンがフジテレビを買う報道が出ていた時期。インターネット放送局の第2日本テレビを作って、広告と課金で回すモデル。その流れで寛平さんのアースマラソンに繋がったね。他にはメキシコで発見された岡本太郎さんの作品「明日の神話」を汐留で修復するプロジェクト。いまは渋谷のマークシティの中に設置されている。

――えっ!!第2日本テレビも気になるのですが、あのバカでかい岡本太郎さんの絵にも関わっていたのですか。

岡本太郎さんの未亡人からのオファーで、絵の修復や移動等でお金も手間もかかるプロジェクトだったんだよね。それでドキュメンタリーを制作したり、岡本太郎物語だったり、ヨコ展開を幅広くやってなんとかプロジェクトとして成立させました。

――そうなんですね。いつもあれみて凄いなと思っていたけど、まさか土屋さんも絡んでいたとは。第2日本テレビはどうだったんですか。

6年間くらいやって2年前になくなった。インターネット局でもオリジナル番組をやろうとするとお金がかかるから徐々に権限がなくなっていった(笑)今でもネット上での番組配信はやっているけど、第2日本テレビはなくなったね。

――なるほど。やっぱりテレビの世界とインターネットの世界では全く違うものがあったんですね。

テレビ局は地上波テレビで商売している。このモデルはとても恵まれたモデル。テレビ番組とCMって最初の頃は知らないけれどこの何十年って売れないことはない。高くて売れないということはあっても、値段を下げれば必ず売れる。

――確かにCMが流れない番組なんて見たことないですもんね。仮に深夜だとしても、必ず売れるわけか。

だからテレビ局の人は売れないものを売った経験がない。ゼロからなにかを立ち上げる。そういった経験がないから出来ない。つまり、すごく恵まれた世界で仕事しているということかな。

――テレビという世界の中だけで生きてきた人達の感覚と、外の世界の人達の感覚に齟齬があるってことなんですかね。

どこのITベンチャー企業をみてもギリギリでやっていて、死ぬほど働いて何かをやって、それでも9割5分は死ぬ。時の運にも恵まれなければ上手くいかない。地上波という守られたビジネスモデルとインターネットの世界は全く違う世界だった。

――それはそうだろうな。テレビの中であれば地上波の数チャンネルの中での戦いだけど、インターネットの世界に降りた瞬間に競合が桁違いに増えますもんね。そういう意味でインターネットの脅威って感じるところはあるのですか。

インターネットが全部をやってテレビがなくなるといった話もあるけど、テレビと同じくらいのクオリティでコンテンツを作ることをインターネット側は今の日本ではできていない。YoutubeやHulu、ネットフリックスがどうなるのか。明治維新の黒船みたいに、黒船が沖にいることで慌てたように、実際に黒船が沖にいると感じて日本の中の何らかの改革が進むかどうかじゃないかな。

――そうか。確かに黒船が来ただけで日本中大騒ぎになったわけですよね。それと同じ状態にコンテンツ業界もなっているけど、どれだけ慌てふためいて改革できるかってことなんですね。まぁ、これって決してテレビ業界だけの話でもない気がしますが。

新しい可能性

――まだまだ日本のテレビが変わらないといけない部分もあるとは思うのですが、日本の強みとして感じる部分はあるのでしょうか。

日本はコンテンツのクオリティが高い。日本は面倒くさい存在なんだよね。ある程度マーケットはあるけど面倒くさい存在。世界規模で何かをするときに、日本は大体最後になる。もしかするとネットフリックスも面倒になってやめるかもしれない。

――クオリティが高すぎて、他の国から進出しにくくなっているわけですか。確かに言語の壁を考えても、外国人からすると日本語って面倒な気がしますよね。今後土屋さん自身がやりたいことってどんなことなんでしょう。

アメリカのリアリティTVよりバラエティのクオリティは日本のほうが面白いと思っている。日本の方が色々早くやっているし、微妙で複雑なものが作れるのもやっている。アメリカは大味だよね。だから日本のバラエティのコンテンツを世界に認めさせたい。

――おぉ!日本のバラエティを世界に広めるということですね。

日本発で世界を席巻させる。コンテンツの力で。何がなるかわからないけど、コンテンツモデルで日本人って凄いなと思わせたいね。日本の方が面白いけど、ただ認められていないだけだから。

――そこまで力強く言い切れるって、かなり自信あるんですね。

10年前くらいにYoutubeが始まったときから、いつも英語版を作って売込みにいっていた。Huluができたときにも。ただ、コンテンツを見る目のないやつが見るから認められない。日本のものが面白いと思われないし、気づかれないだけ。

――その発想素敵ですね。目の肥えてない人にいくら見せても伝わらないってことか。これはもう文化レベルで面白さを伝えられるくらいじゃないとダメかもしれませんね。

アメリカのドキュメンタリー番組の監督から電波少年の企画でやっていた「なすびの懸賞生活」を見て連絡がきたことがあるんだよね。編集し直して、アメリカでやりたいと。ただ、元の素材がなかった。日本語の字幕が入っているものしかなくてね。残念だったけど、見るやつが見れば分かることは自信が持てた。あとはそれを証明したい。

――それは楽しみな未来ですね。一体どんな形で世界に展開していくんでしょうか。

オンデマンドでインタラクティブに。同じフォーマットを世界同時多発的なコンテンツができたら面白い。インターネットだったらできること。そこに対応する世界戦略と一緒に日本のコンテンツが乗っていく世界。

――これメチャメチャ面白い話ですね。つまり同じコンテンツを世界中のどこにいてもインタラクティブにテレビを通じてやり取りできると。ニコ動とかって同じような思想かもしれませんが、それがテレビを介して世界中と繋がれたら最高楽しそうです!

第2日本テレビのコンテンツの最終形が寛平さんのアースマラソンだった。走って世界一周するという世界を巻き込むコンテンツ。アメリカやヨーロッパや、それぞれの国の日本人がYoutubeを見て応援してくれた。これはテレビでは出来なかった企画だね。

――アースマラソンのように世界を巻き込んで、そして世界中の人が同じコンテンツを同時多発的に楽しむ世界が広がると良いですね。

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へそ曲がり

――なんだか面白い話が聞けて、一体土屋さんはどんな子供だったのか気になるのですが、ご自身ではどう思われますか。

へそ曲がりの子どもだったね。小学校6年生の将来の夢に古典落語家になりたいと書いていた。当時人気だった林家三平は新作落語家だったけどね。渋い古典落語をラジオで聞いて、これが良いと思っていたんだよね。

――その当時から今の素養ができていたんでしょうね。でも、どうしてそんな子供になったんでしょうか。

3つ上の兄がいて、勉強もできて何でもできる兄だったから、その兄と同じじゃ生きていけないと思っていた。彼は数学が好きだったから、国語を勉強してみたり。誰かと違う道を選び続けてきたね。

――幼少期のそういった経験が形作る人格ってありますよね。そんな土屋少年が今58歳になってみて、どんな風に自分のことを思っているんですか。

もうこの年だといつ死んでもおかしくないと思っている。最後まで挑むことしかしないは出来そう。オフェンスのままでずっといられるんじゃないかな。欽ちゃんが大学受験をやって、テリー伊藤さんも新しいことをやっている。自分の先生たちが挑み続けているのを見ていると、より一層挑み続けるだけの人生をやる気にもなるね。

――そういった先生がいるのって良いですね。そうやって挑み続けることができない人のほうが大多数だと思いますし。

普通は「もういい年だからさ。」なんて話があったり、そういうふうになる。みんながそうなるんだったら、俺はそうならないようにしようと。「あいつは良い年になっても変わらないな」って、世の中の眉をひそませつづけてやる。

――いつまでたっても、みんなと同じ方向性にはいかないわけですね。良いですね。そんな大人がいることで救われる人だっていそうな気がします。

好き

――電波少年がヒットした理由ってたくさんあると思うのですが、土屋さんが当初手がけて失敗した番組と何が違ったのでしょうか。

最初に手がけて失敗した番組も、愛して一生懸命やったけど当たらなかった。電波少年は自分がまず心底面白いと思っていたものをやったり、今まで見たことがないものをやってみて受け入れられた。それは大きかったね。

――電波少年がヒットした理由って一体なんだったのでしょうか。

自由にモノを考えて、自分を信じて、夢中になる。そうしていったときに、30分の1秒にこだわってカットを繋いでいったことの結果。ディテールにどこまで拘れるのか。ものを作るのが好きで、その姿勢で取り組んだものが最後に残るんじゃないかな。

――30分の1秒に拘るか。とんでもない精緻な世界ですね。TVマンってこういう方のことを言うのかな。小さいときからものづくりが好きだったんですか。

小さなときは、そんなに作るのが好きではなかったね。作文も粘土細工も好きじゃない。本を読むのが好きだった。不器用なのが本来の自分の姿かな。

――それが今ではものづくりが好きでたまらないんですね。

好きは本能に近い。好きであらざるをえない状態。本当に自分は作ることが好きなんだなって思う。電波少年のときくらいに気付けて、ある種固まった。人の価値や人の人生の価値は自分にとって自分が自由であるかじゃないですかね。

――自分にとって自分が自由かどうかですか。具体的にはどんなイメージですか。

自分が一体なにをしたいのか。自分はなにをしたらよいのかを自由に感じられる。こうやったらダメだとか、しがらみや、縛りがあるのは現実だから仕方ない。ただ、諦めていくとドンドン自由じゃなくなる。

――そうですよね。自由になるための障害ってありますもんね。

戦いの先に自由がある。戦うことで自由になる。そうやって戦うことをしないと、自分にしかみつからないものは見つけられないよね。

――自由が欲しいって言っているだけでは自由になれないに決まっていますもんね。自由を掴めるタイミングってどんなときなのでしょうか。

自分がこれしかないと思ったときに他にあるものを捨てられるとき。それが最も自由なタイミング。自分が60年間信じていたのが違ったなと思ったときに、それを楽しいと思えるかどうか。ゼロから始めることを楽しめることができたら、それは自由な人じゃないかな。

――おぉ!!とても分かりやすい話。よく偏屈になって考えを変えない人っていますけど、それは自由じゃないわけですよね。自分自身も自由な人でありたいですね。
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僕はこう思った

電波少年を通じて一躍有名人になった土屋さん。まさか、こうやって話を聞く機会が生まれることなんて想像していなかったのですが、今昔写真というプロジェクトを通じて土屋さんとお会いしていると、とにかくこだわる人だなという印象は持っていました。今昔写真では今と昔の写真をスライドして見ることができるのですが、昔撮影された写真は今のカメラとレンズが違うので画角が違うんですね。土屋さんはスマホで昔の写真と画角を合わせるために、色んなレンズをとにかく買って試してみたりするわけです。そういったものづくりをトコトン極めようとする姿勢を含めて、オフェンスの立場を取り続けているんだと思います。オフェンスであり続けるって、結構大変ですよね。理解してくれない人もたくさん出るだろうし、誹謗中傷されることもある。それでもオフェンスでいると決めたことで、ブレずに攻め続けることができるんでしょう。決めるか決めないかの違い。一度決めたら後は何があってもオフェンスでいることを揺らがせない。そんな土屋さんの姿をみて、僕自身もオフェンスであり続けようと決めるキッカケになったサシモニでした。

今昔写真クラウドファンディングサイト

現在今昔写真プロジェクトではクラウドファンディングサイトで資金集めをしております。ぜひ、ご協力いただけると幸いです!※3月28日までの募集となっています!!

http://iikuni-kamakura.jp/pj/IknJ8254571

今昔写真HP

今昔写真のHPです。実際に今昔写真がどのように動いているのかも確認できるWEBサイトになっていますので、ぜひご覧ください!また、29日のイベントには土屋さんも参加してトークセッション等を行いますので、ぜひ遊びにきてください!

http://kamakura.konjyac.com/

LIFE VIDEO

土屋さんが代表を勤めるLIFE VIDEO社のHPです。素敵な映像を残したい方はぜひご覧ください。

http://www.lifevideo.jp/

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